答志島散歩

投稿日時:2012.11.01 (木)  19:37:39カテゴリ:旅行(48)

 




泊まった旅館から、和具港を望む。
漁港の生活感の漂う景観で、潮の香りが漂う。
朝食前に、九鬼水軍の総帥九鬼嘉隆の首塚と、胴塚に散歩。小高い山の上にあるので、少し汗をかいた。



朝日が、赤く染めていました。6時過ぎです。



九鬼嘉隆は、鳥羽城主。信長の時代、石山本願寺攻めの為鉄船を、造った。関ヶ原の戦いで西軍に味方し、子は、徳川方に味方した。自刃した嘉隆の首は、鳥羽城が見える小高い突端に葬られた。山を下り、街の入り口に胴塚がある。



ここで、自刃した。



血洗い池。刀の血を洗った池では、老人会の人が清掃していた。



朝食後、答志漁港へ向かう道から、海を望める散歩道へ。
潮音寺と美多羅志神社が並んで建っている。
社殿に立ち、見返ると、竜にみえる木が!!
ここから、どんどん坂道になり、急になって来た。



蟹穴古墳。何でこんな所にと言う疑問。水運を利用し、富を得た豪族がいたのだろう。はぁはぁ息を切らし、島の頂上に到達した。そこには、東屋があり、鳥羽湾が望める。



この突端に、首塚が建っているのです。



岩屋山古墳。



古墳の入り口。



中は、立てるぐらい高い。完全な形で、残っているので、驚きである。離島の山頂にこれだけ大きな古墳を築けたとは、驚嘆に値する。名前が不明なのも、驚きを感じる。



古墳を後にして、稜線を下りながら、しばらく行くと、答志漁港の端っこが見え始める。



もう少し、下って行くと、漁港の全体が見え、海上には、ぼんやり神島が望める。



車道を歩いて、和具港に戻り、昼飯食って、連絡線に乗って帰りました。この散歩道、2時間ぐらいで踏破出来ます。

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離島巡り、神島、答志島

投稿日時:2012.10.31 (水)  09:27:32カテゴリ:旅行(48)

 

あまりに近過ぎて、行ったことがなかった鳥羽と伊良湖岬の間にある離島、神島と答志島に行った。朝早く、近鉄で、鳥羽まで行き。連絡船に乗り、まず、神島へ。10時45分発11時25分着。



神島です。帰りの船から撮った写真ですが。



港に降りて、島唯一の食堂「潮波」。山海荘でも食事はとれるそうです。まずは、腹ごしらえをしてからと言う事で、



伊勢うどん、タコ飯、山海カレー等ある中、選んだのは、しらす丼定食。しらすは、5mmの厚さに敷き詰められている。島の伝統料理の、アラメ巻き、フカの佃煮、根昆布の酢のもの。
これで、900円。腹一杯になって、登って行けるかな?

島一周4キロあまり、2時間あればゆっくり行けそうだ。



時計台跡。



寺田さん宅。三島由紀夫が、寄宿して、「潮騒」を書いた。



八代神社。海の神、「綿津見尊」わだつみのみことをお祀っている。



坂道を登って行って、頂上付近に神島灯台がある。伊良湖水道が一望出来る。ここは、「恋人の聖地」に認定されているそうですよ。プロポーズの際にはどうぞ。



これが、伊良湖岬。もう、目の前に見えます。ここから、下りになって、楽になります。



監的哨。戦時中、試射弾を観察したところ。映画「潮騒」で、山口百恵、吉永小百合、他3名が、半裸体となって、クライマックスを演じた場所でもある。



カルスト地形。綺麗な海の色と、石灰岩の白い岩肌のコントラストが、晴天の空と相俟って、癒しの超爽快感を与えてくれる。

散歩を終えて、答志島行きの15時45分発まで2時間もある。「潮波」で、ソフトクリームを舐め舐め、伊良湖水道、知多半島、篠島をのたりのたり眺め、過ごしました。

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予約するのに1年かかる料理屋さん?

投稿日時:2011.04.27 (水)  00:00:22カテゴリ:旅行(48)

 

近鉄「小倉」駅から、西へ10分ほど歩いたところの自宅の2階を、料理ハウスとして開放、料理好き、おしゃべり好き、歴史好き、旅行好きの一主婦が楽しむ為のおもてなし料理を提供して下さるのだ。只の「一主婦」と、謙遜されていますが、一流の料理人と並ぶとも劣らないと思います。今回の宴は、陶芸教室の生徒さん達のご招待。お値段は、信じられないぐらい安いそうです。一度食べた人達は、その料理の素晴らしさに、次の予約をするそうですが、何と、一年近い後だとか!!

まあ、百聞は一見に如かずと言いますから、写真だけ、紹介します。



最初は、桜のお茶と新生姜のピールと言いましょうか?

今日は7人での宴なので、前菜を7種出して頂きました。



タケノコの土佐煮。盛り付けも良いし、味も良し。



小魚のすり身を桜の葉の塩漬けで、蒸したもの。
今回の料理は、カンボジア料理をアレンジしたのが多いのだそうです。2月にカンボジアへ旅行されたとかで、その時の話にも、花が咲く。



こごみの胡麻和え



エシャロットの味噌ダレ付き。



豆腐を、カンボジアの魚醤味噌味で漬けたもの。チーズのような食感、不思議な味だ。



チーズ入りの卵豆腐。あっさりしていて、上の方がチーズ臭い。



芹とカニかまの会えもの。



メイン料理3種。その1。
ミートローフ。とても綺麗に盛り付けてあります。各人一皿に取り分けて下さる。ドレシングが、カンボジアの醤油を使ったオリジナルで、ナッツも入ってスパイシーで新しい味だ。ミートローフに掛けるソースもオリジナルトマトソース。

その2



あけびの若葉で飾られたあけびのかご?
土鍋の中身は、柳川風と言いますか、ホタルイカ、ささがき牛蒡に、芹、卵とじ。

その3



全くのカンボジア料理だそうです。トルコ料理のケバブようなものとターメリック等香辛料で味付けした鳥のささ身の焼いたもの。本当にスパイシーなお味です。ライスヌードルの入ったサラダ。もちろん、カンボジアのソースで頂きます。大きなお盆の飾りは、みつばつつじ。

ご飯とお吸い物



桜の塩漬けの葉で炊いた赤飯風ご飯。鳥白湯のスープは、ブラックペッパーが効いています。竹篭の飾りは、山桜の葉。

スイーツ




あずきのゼリー。

チャイは、濃い目の苦味の効いた何処の国風だったかな?

何と、気が付けば、3時間以上の宴。楽しきは、瞬く間に過ぎ行くものですね。全ての料理が美味しく頂けました。

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労苦を惜しむと、絶景は見られない

投稿日時:2010.12.16 (木)  23:23:20カテゴリ:旅行(48)

 

熊野灘の最大の奇岩は、「鬼ヶ城」
栄枯盛衰と言いますか、鬼ヶ城センターが営業中止していた。七里御浜の道の駅の繁盛振りを見て来た後では、廃墟と仮した建物がうらぶれた寂しさを感じる。台風の影響で遊歩道が壊れたのが原因なのだろうか?でも、その威容は、国宝級です。



「鬼ヶ城」の入り口



千畳敷の手前



千畳敷の上の侵食された岩肌



台風で通行止めになっている所

42号線と311号線との分かれ道を右にとり、海岸線を北上。



途中に「徐福神社」が311号線から望めた。歩いて降り戻るのにはかなりきつい坂である。



紅白の山茶花が咲く「徐福神社」



「徐福之墓」が現実にあるのですね。
徐福は、秦の始皇帝から「不老不死の薬」を探すように命じられ、「蓬莱山」と考えられていた「倭の国」のこの辺に辿り着いたらしい。紀元前200年のことですよ。薬を持って帰ることなく、日本に没した。倭の国に医術を伝え貢献したからこそ、神社が祭られ、墓まで建てられたのでしょう。こんな片田舎で、高名な名に遭遇するとは!!驚きとともに、感銘を覚える。
三国志よりも前のことなのですよ!!

急坂の登り坂に、目を楽しませてくれる花が咲いていました。



よーく、観察すると、葉の形状から、「むらさきかたばみ」ではないか。



「つるりんどう」これも、夏の終わりに咲く花と思うのですが。
ここは、南国なのでしょうね!?
息を切らして、車道に戻りました。さらに、北上。



入り江の漁港。海岸線が入り込んで、とても、見応えの風景が続く。



楯ヶ崎。この絶景を見るには、片道40分の険しいアップダウンの道を行かねばなりません。



杖をつき、歩く。



もう、椿の花が落花している。



楯ヶ崎の裏側にある「海金剛」



二木島灯台と千畳敷



こんなに厳しい自然環境に咲く花。何て名?
灯台の先が見える。



帰る道に着いた時は、もう、日没。



車道に戻る頃には、もう、暮れなずんで、暗くなる寸前。
絶景を見る旅は、ここで、タイムオーバー・・・・・・

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東紀州の絶景を巡る

投稿日時:2010.12.15 (水)  23:24:17カテゴリ:旅行(48)

 

温泉に入った後、311号線を、熊野市に向かう。途中に「丸山千枚田」がある。矢印に従って左に曲がり、行くと、鬱蒼とした杉木立の細い道に、迷い込んだように錯覚する。しばらく行くと、嘘のように眼前が広大な空間が広がっている。千枚田の間を縫って小道を上がっていくと、展望台がある。水洗便所も完備してあり、ボタンを押せば、説明の音声が流れる。小さい田が連なっている様は、鯉の鱗に喩えればよかろうか?巨龍の鱗?凄い広さだ!!











平家の落人部落の如く、忽然と現われたと感じる程の秘境である。田圃のオーナー制があり、保存に努力されて、今は、1340枚の棚田になっています。

御浜町に引作の大楠がある。新宮に向かう道の途中にある。





全体像を撮ろうとすれば、2枚必要だ。



根回りの大きさは、人間と比べれば、その偉大さが理解出来るでしょう。



巨木の後姿は、神木らしい神々しさを肌にと感じる。

七里御浜の道の駅で昼食。めはり寿司とさんまのなれ寿司を買って食べた。熊野灘の海の色は、深く青黒い。



アロエの花が咲き、春を思わせる。
42号線の海岸線を北上すると、奇岩の名所が多くある。



花の窟
イザナミノミコトの墓所。御神体はこの大岩。



獅子岩 獅子が口を開け,吼えているように見えませんか?

熊野古道の松本峠からの「七里御浜の絶景」





版画にある「七里御浜」 今も、昔も、全然変わらない「絶景」ですね。

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ちょっと足を伸ばすはずだったが・・・・・

投稿日時:2010.12.15 (水)  00:20:52カテゴリ:旅行(48)

 

折角、吉野まで来たのだから、温泉にと、近場を選べば良かったのですが、行ったのは和歌山県と奈良県と三重県が入り混じる紀和町にある

              入鹿温泉瀞流荘   です。

169号線を南下することの何と時間の掛かった事か!!大台ケ原の横を通り、北山村を通るのに、幾つのトンネルを抜けたことか。吉野を出たのは1時過ぎ、4時前には目的地に着くと甘く考えていた。結構遠い道のりである。これに、加えて腹立つ出来事が!!道路工事の為、時間を区切って通行止めにしているのだ。50分から1時間近く止めるのだから、堪らない。こんな無法な工事を許すことに驚きだ。迂回路も無い道でだ。こんな通行止めに2度引っ掛かった。最初のは、10分ぐらいで済んだのだが、次のは、1時間待てと来た。もう、怒り心頭に達して、金剛蔵王権現の如く、現場に怒鳴り込んだ。すったもんだした挙句、何とか通して貰ったが、時間のロスは大きかった。やっと宿に着いたのは、5時半ぐらいで、もうあたりは薄暗くなっていた。



途中の瀞峡

露天風呂から見えるはずの川の景色も見えず、温泉で疲れを癒し、食事した。ここの自慢料理は、雉、熊野地鶏、熊野牛、熊野の魚である。今回は、地味に熊野地鶏と魚の1番安いコースを頼んだ。全てを満喫するコースは1万6千円ぐらい。私のコースはトロッコ列車と湯ノ口温泉の入浴券が付いて、9600円。
地鶏の鍋は、歯ごたえはあるが、そんなに堅くなく、美味しい肉だったし、魚も鮪とカンパチで、美味しかったですよ。

朝一番のトロッコ列車に乗って湯ノ口温泉へ



座っても頭が天井に着きそうな小さな客車です。



出発進行。ガタガタ揺られて10分、これが、限界だ!!



出口が見えてきた。



駅に着いて、すぐ、温泉に。30分後に帰らないと、列車に乗り遅れるので、せわしない入浴となりましたが、源泉掛け流しで、良い湯でした。



軒の下が露天風呂。外の景色は、紅葉が残っていて、気持ちが良かった。



バンガローやロッジがあり、自炊して、湯治することも出来るし、別棟で、食事を注文して食べることも出来る。



牽引車が、反転して、待っていてくれました。
温泉の成分に美人になるものが含まれているそうですよ。

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蔵王権現は、怒りで青い顔?

投稿日時:2010.12.13 (月)  23:24:00カテゴリ:旅行(48)

 

12月9日が秘仏開帳の最終日。吉野の金峯山寺の蔵王堂の金剛蔵王権現である。紅葉の落葉が終わり、残り香のような赤が、かろうじて寒風に耐えている。寒さがこの冬1番のようだ。震える足が速度を速める。



国宝の仁王門



阿形の仁王



吽形の仁王さん
何時見ても、迫力の形相には、感動させられる。

さて、秘仏の金剛蔵王権現。拝観料千円で、ちと、高いと思ったら、茅葺の葺き替え料の寄付、護摩木の祈祷料が含まれているらしい。家内安全、家内健康を祈った。



国宝の蔵王堂は、祭りモード。



堂内写真撮影禁止ですので、ポスターを撮って見ました。
この三体の仏像、釈迦如来、千手観音菩薩、弥勒菩薩の三尊が、過去、現在、未来の三世に渡って衆生を救済する為の仮の姿だそうです。悪魔降伏の憤怒の相の金剛蔵王権現。



最近の世相を賑やかす魑魅魍魎の横行に怒りを通り越して、青ざめておられるのか?年が変わって、良い方に向かう事をお祈りして・・・・・



後日、焚かれるであろう護摩木の山と、護摩壇。
万人の願いを込めて、祈祷される。

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有松は400年の歴史の有る絞りの里

投稿日時:2010.11.04 (木)  23:31:08カテゴリ:旅行(48)

 

家路に着いたのですが、妻が観光案内書を見ながら「有松って帰り道の近くにあるのだけど、行かない?」と。一度行った記憶がある私は、昔の町並みを残した絞りの街やでと、あんまり乗り気でない口調で言うと、「あんたは、食う事ばかりで、文化に興味ないの」と、罵られ、しぶしぶ有松へ。



一番有名な服部家の商家。今でも絞りの商品を商い中。
うだつが大屋根の両側に付いている。成功者の象徴がこの「うだつ」が上がるだ。



この文字すべて絞りで染められている。



のれんも絞りの反転模様。



倉になめこ塀の土蔵。山車会館や絞り会館が有り、そこでは、絞りの実演を有料で見せてもらえる。絞り製品の販売もしている。

いずこも、伝統産業はさびれている。安い中国製品に押され、絞り(くくり)職人の手間賃も出ないそうです。女店主の愚痴話にほだされて、嫁は何か買ったみたい。でも、安いものを寄付のつもりで・・・・・陶磁器を扱う私には、身に詰まされる話が続くので、早々に店を出た。

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篠島観光

投稿日時:2010.11.02 (火)  21:10:41カテゴリ:旅行(48)

 

篠島観光と言っても、外周が、6.7kmですから、2時間も有れば歩ける。長閑な朝を迎えて、前浜(ないば)の砂浜を歩き始めました。



赤岩から前浜を望む。この真ん中辺に、民宿「南風」があります。牛取公園から、鯨浜を通り、万葉の丘歌碑公園に到着。



歌碑公園から、鯨浜、牛取公園を望む。



万葉時代の詠み人知らずの歌碑。



歌碑公園から、松島(左)、清正の枕石のある岩場(右)望む。漁船が薄っすら見える。
篠島小学校、中学校の中を通って、「清正の枕石」へ。



ノミ跡が残っている岩が「清正の枕石」です。名古屋城築城の際、石の切り出しの為、来島していた加藤清正が運び残した巨石。この後ろ側に松島がある。



松島と言うから、仙台の松島のように、たくさんの島が重なり合っているのかと思いきや、松が生えている島でした。
南の端から、中央の道を通って北の方へ。



帝井(みかどのい)。半年余り篠島に滞在した後醍醐天皇の皇子(後の後村上天皇)が掘ったとされる。



医徳院新四国39番札所。
この二つは、高台にあり、師崎港の建物群が良く見える。
たらたら、坂道を降りるて行くと篠島漁港。
観光案内所近くの広い道に



しらすを天日干しする風景。思わず、つまみ食いしそうですね。案内所の手前に



山頭火も篠島を訪れていたのですね。
高速船に乗って、師崎港に着いたのは12時過ぎでした。

知多半島の東側を北上。河和の手前に「魚太郎」と言う土産物屋があり、高級魚料理店が中にあるのだが、結構なお値段。外側に丼ものの安めのフードコート有り。そこに、「まぐろカツ」のメニューが、目に入った。



注文したのがこれ。10分ぐらいかかりますがよろしいですかと来た。中まで火が通るのに10分だと。嫌な予感がした通り、カスカスの食感。生でも良いから早く揚げてくれと言ったのに、10分以上待たされて、このカスカスまぐろカツ、噛んでも噛んでも、喉が通らない。嫌がらせではないが、残して返却口へ持って行った。後味の悪い腹具合で出発。

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知多半島への旅 常滑

投稿日時:2010.10.29 (金)  22:45:59カテゴリ:旅行(48)

 

伊賀一の宮から西名阪に入り、東名阪、伊勢湾岸道を通って、知多道路を経て走り、中部空港ICの手前が常滑である。9時に出れば、12時前には着ける。常滑と言えば、朱泥の急須、工業用の土管で有名な窯業地である。常滑陶磁器会館に着き、展示されている商品群を見てビックリしました。メインの良い場所を占めているのは


何と、招き猫ばかりやおまへんか!!



郵便ポストの上にも、猫の配達人?配達猫だな!?



これが有名な土管のある坂道だ。
今や、窯業地の工場跡地が、アートギャラリーや、喫茶店や、鰻屋、土産物屋等に変身しているではないか。

巨大な登り窯跡地は、公園に。



幅の広い焚口



煙突も何本も立っています。



人間が楽に入れそうな登り窯の入り口。
今や、遺跡だ。登り窯での大量生産の最盛時が偲ばれる。

角型倒炎式窯も結構大きいのだが。



これでもかなりの大きさの内部。



こんなに大きな煙突が必要なのですよ。蔦もからまり、風情豊かな雰囲気を醸しています。



土産物屋の軒先での商品達は祈っている童子?招き猫同様売れ筋商品と言いますか、信楽も狸が「た抜き」になって、猫や童子に占拠されるかもしれませんね。

おや!!本物の猫がカエルを枕に寝ています!!



我が家の「ナナ」ちゃん、最近の寒さにまるーくなっています。

篠島へ海の幸を食べに行きますー



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