いざ、二上山に登る

投稿日時:2015.04.30 (木)  21:28:08カテゴリ:日帰り旅

 

満腹なので、ゆっくりと登ることに。道は二つ有り。

ガレ場の尾根道とコンクリートの緩やかな道。

行きはガレ場、帰りは、緩やかな道を選んだ。



険しい道?



高さ約5mの十三重石塔と幅約3mの石窟。


      石窟正面に如来座像三体が線彫されている。

登り始めてすぐの所に有る。

凝灰岩の石切場跡に造られた奈良時代の石窟寺院跡。

十三重多層塔と石窟を備えた奈良時代の石窟寺院。

国の史跡に指定されている。

この周辺から和同開珎が出土している。



昔はこんなんだったのでしょう。

この後の道は、本当に険しい岩場の道であった。



やっと、雌岳に着いた。30分ぐらいで登れると、

聞いていたが、一時間かかった。



日時計が有り、親子が楽しそうに、遊んでいた。



天の香具山と耳成山が微かに見える。



と言う事です。



雄岳に辿り着いた。



山頂に神社が有ります。

雄岳山頂には「岳の権現」と呼ばれる葛木坐二上神社
(かつらぎにいますふたかみのやしろ)がある。

祭神
 豊布都霊神(建御雷神)
大国御魂神




大津の皇子の陵墓。



雌岳と雄岳の間の「馬の背」から河内方面を眺める。

PLの塔が微かに見えますね。



緩やかな道、下の方から、少し上の所に「岩屋」がある。

岩屋は奈良時代の石窟寺院跡で,

凝灰岩を削って造られた

間口7m,奥行き5m,高さ6mの石。       

 三重の石塔が残り,

昭和23年に国の史跡に指定された。



岩屋の千年杉

根回り約8m,樹齢約600年の杉の大木。平成10年9月の台風で倒れて一部が残る。






當麻寺(奈良県葛城市當麻)の本尊であり,国宝の「當麻曼荼羅(たいままんだら)」は,中将姫が岩屋で織ったとする言い伝えがある。
 奈良時代,藤原不比等の孫にあたる藤原豊成の娘であった中将姫(ちゅうじょうひめ)は継母に嫌われ命まで奪われようとしていたが,それに負けることなく写経や読経を続けていた。千巻の写経を終えた16歳の時,中将姫は二上山に沈む夕日から阿弥陀如来の姿を見た。當麻寺を訪れた姫はここで尼僧となる。そして,極楽浄土の光景を五色の糸によって織り上げた。これが當麻曼荼羅(たいままんだら)であり,本尊となっている。

と言う事です。



二上山登山口からすぐ,石切場は古墳の石棺や寺院建築用の石材を採った跡。当時は石棺に凝灰岩が使われており,高松塚古墳もここの石を使っている。石を切り取るときに使われたノミの跡が今も残る。岩屋や鹿谷寺もこのような利用して造られたもので,二上山にはこのような石切場が他にもある。

石切り場跡。高松塚の石棺が、ここから切り出された。

少し降りると登山口に戻った。気が付くと4時になっていた。







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