大垣

投稿日時:2018.02.26 (月)  08:54:05カテゴリ:日帰り旅(30)

 

大垣市は、いつもどこか行く時、通り過ぎる場所である。たまたま、退職互助会のツアーがあって、日帰りで、大垣市にバスツアー。大垣城を中心に、堀を巡って、終点が松尾芭蕉の記念館。3回の奥の細道の旅の終点が大垣だったそうです。それを、売りに、観光の目玉にした。会館では、旅行の道すがらと俳句が、立体的に写真を取り入れて展示してありました。

奥の細道むすびの地記念館です。

でもわたしの興味は、大垣市郷土館で見た「津軽屏風関ヶ原合戦図屏風」である。

関ヶ原決戦の前日の様子である。

大垣城に立て籠もって、持久戦に持って行きたい島左近。東軍を煽って開戦に持ち込もうとするが、赤坂を過ぎ、岡山に本陣を置いた徳川家康は、動かず、家来が動いて、泥田に足を取られ敗走。その様を、昼飯を食べながら、悠然としている。




大垣城と杭瀬川



東軍本陣赤坂岡山



杭瀬川の戦い



大垣城内

この戦いは「杭瀬川の戦い」と言い、西軍唯一の勝利だったのです。ここに引き込んでいたら西軍は勝っていたと書いてありましたが、諜報作戦に長けていた家康は、そのまま、無視して進軍する。石田三成は、おびき出されて関ヶ原決戦に。

大垣城は、次の日に落城。城内に裏切りが、有ったようです。







七福神山車の祭りがあるそうです。




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古墳巡り

投稿日時:2018.02.20 (火)  08:44:45カテゴリ:歴史探訪(23)

 

天理市のど真ん中、天理教の施設が、連立する中、天理中学の敷地内?に、西山古墳がある。この辺りは、前方後円墳が占有していると言う地域である。その地域に何故か、前方後方墳があったのだ。














本当に珍しい古墳だそうです。前方後円墳の前の豪族の墓なのか?大和政権の中枢にいた豪族?はてなマークのつく墓なのだ。石上神社が、目と鼻の先にあるので、物部氏以前の豪族の墓か?謎だらけだね。陵墓ではないので、自由に登れる。打ち捨てられた寂寥感の漂う古墳である。東側の堀は埋められて、乗馬場になっていた。景観も無視された状態だ。草刈はしてあったけど・・・・



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2017年12月生徒さんの作品

投稿日時:2018.02.14 (水)  09:02:36カテゴリ:生徒の作品(63)

 

本来ならば、昨年にアップしなければいけない記事だったのですが、風邪をこじらせ、1月中ぐずぐず療養していました。

気の抜けたラムネみたいですが、見て下さい。




































如何でしたか・・・・・・

気の抜けた雰囲気で、すいません。

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